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0088

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腹に泥が溜まってるのが人だと思った。
つまり、人は水底に泥を溜めた池。

心のざわつきは水底の泥を捲き上げ池の水を濁らせ泥水にする。

そうなるまいと綺麗にするため泥を池から掻き出したところでまた溜まってくるから、潔癖に掻き出し続けても終わりがなくて気が狂ってくるだけ。
何も綺麗にならないどころか、腹の底が引っ掻き傷で真っ赤に爛れて今度は膿が溜まってくる。
たとえ仮に全部泥を掻き出せたとしても、それはもうすでに、人ではない。

強くなろうとしても成れないのを悟ったら、要所このときにだけ強く在ろう強く居ようとする方が可能な気がしてがんばれる、それと同じように、完璧でなくても強く深く生きていく方法は他にもある。

泥を掻き出そうとしたその手で空気を掴んでじっと堪えたら、その手を合わせて深呼吸する。

その間に泥が湖底に溜まって静かになってくる。
静まれば泥は捲き上ることなく水はやがて澄み渡る。
水面は氷の様に波打ちもせず、終いには一枚の鏡の様になる。

泥が底に溜まってるから鏡になる。
底に何もなかったらただのガラス板だ。
泥があれば鏡になる。

鏡は皆んなを映し、映された者は己の姿を顧みることが出来る。

己を顧みる人を観て自分も顧みるから益々穏やかに自分の内側を慮ることができる。

そう。
まず、踠いて辺りを爪で引っ掻き回してたその手で、何かを掻かずに空気を掴んで手を合わせるんだ。
こっちの手は自分。
こっちの手は世界。

そう。
泥は持ったままで行こう。

完全な透明無垢でもなく、濁りきって二度と澄まない泥水でもなく、その間で中途半端に揺れながらその時々を懸命に保って生きる弥次郎兵衛の如く居よう。
白か黒かはっきりさせればそれは気持ちもよかろうが、白でも黒でもない色にこそ人の人たる厚み深みがあるんじゃないか。

慈しみとはそういうところから滲み出てくるものなんじゃないのか。