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佛像

佛像の「佛」とは、にんべんに「あらず」と書く
ひとにあらず
人に非ず

釈迦を模してつくられてきたそのものは人に非ず
しかし人の何たるかを人に説くかのよう

誰かが忘れているかもしれない僕らに大事な001のこと

押し入れの整理をしている最中なのに、出てきた懐かしい本を読みふけってしまってまったく整理が進まない症候群て、あります。ブログの整理をしていると、以前にこんな投稿を書いていたんだなあと、読み倒してしまうときがあるわけです。 「All The Things You Are」 これはもう3年も前になる投稿…

思い出せなくなるその日まで

五月、利き手指の手術を受けて一ヶ月の間何も彫れなかった。 九月、乗用車にはねられ二ヶ月の間満足に走れなかった 出来ないことが自分に様々なことを教え結果ずっとし続けているだけでは登ることのなかった道を案内され味わうことのなかった想いを感じられたことを今思い知っている。 小走りでも途中歩いてでも、自分の…

SISTER

ものを作るとき、よく『魂を込める』という云い方を耳にする。 そういう話になる度に自分は、このように話す。 「自分が彫る仏像に、魂は込めません」 自分の想いは、こうだ。 すべてのものは元々が佛であり、佛が姿を変えてそこに在るものである。 木も然り。 木は、彫る者が彫る前から佛であり、何も手を入れなくて…

BE FREE (WITH MUSIC)

「増改築のために思い出深い楠を伐った、その木で何か彫ってもらえないか」という、これまで大変お世話になっている方からの嬉しいご依頼に応えるべく彫った、地蔵菩薩立像。 お像の大きさにはあえて刻まず、戴いた枝すべてをそのままに、木の中におわすものをお迎えする気持ちを大切にしながら彫りました。 衣や袖などは…

リヴィン・オン・ア・プレイヤー

生きたいと切望する人がいる。 生きて欲しいと切願する人がいる。 その想い達が届くことを、切に祈る。いいものに仕上げよう、では、なかった。 上手に彫ろう、では、なかった。 無心に、それこそ無心に。 佛であるその木に向かい一心不乱に。 祈りを指先に ただ、それだけだった。 稚拙なれど、これが今の、自分の…

キープ・オン・ムーヴィン

訪れて思うこと、見聞きして思うこと、その中で目でも耳でもないところで感じること。 それらが自分に及ぼす影響は、少なからず確かにあります。 文字にし難いナニカを感じながら、そしてこれまでとはまた少しだけ違うナニカを自分の中に加えられながら、止まることのないこの指は今夜もほとけを彫っているでしょう。 &…

SAVIOR OF SONG

二年と一ヶ月余が過ぎた春。 祈る気持ちは変わらず自分の中にあり それを昇華させるため彫り続ける「ほとけ彫り」は 誰のためでもなく されど同時にすべてのために 今日も明日も明後日も 彫り続ける そんなほとけ彫りのことを、 ずっと見てくださっていた方がいます。 そんなほとけ彫りの彫るものを、 欲しいと云…

Where The Streets Have No Name

友人から承っていたほとけさんができあがりました。 どんなものにするかはお任せします、とのことでしたので、地蔵菩薩坐像を彫らせて頂きました。 去りゆくものの鎮魂に 残されたものの安らぎに   お祈り申し上げ候。

The Awakening

人生において、これほど嬉しいことがあるだろうか。 そんな風に感じられることは、そうそうあるものではありません。 小さな幸せを見逃すことなく感じられるよう思い続けることとはまた別に、大きな、大きな喜びがあったとき、人は新しいナニカをその目に宿すのかも、しれません。 *** 以前から懇意にして頂いている…

Above The Treetops

今夜もひとつ、お地蔵さんを彫りました。 日々彫るお地蔵さんは、あの災害があった日から、ただの趣味ではなく、しかし生業としているようなものでもなく、その中間に位置するような気持ちで彫っているような気がします。祈る気持ちを何処にもぶつけることができず、それをおさめることもできず、彫ることでその祈りが何処…