0082

生きている時間がかさんでくると感じることがある。

得たモノと失ったモノとを差し引きすると、どうしたってマイナスになる。
生きれば生きるほど。

物理的物質的なものはそれでいい。
禅的にいうならその方が人間らしくもあるかもしれない。

でも精神的には、失くしたモノが増えていくのはやっぱりさみしい。

でも、だからこそ、差し引きしたらマイナスになってしまう陰に隠れてひっそりと、得たモノたちが自分の中にしっかりといることを、忘れちゃいけない。

自分の「明日という時間」が来る限り、得てきたモノが作った昨日までの自分で歩いていけるんだから。
そしていつか、跳ぶんだ。

そして、飛ぶんだ。

0081

心の中に、物質に依らない幸せの器を彫るんだ
 
 
―こころやすらかに暮らし生きるために―

0080

最近、よく考えることがある

これまで多くの人がくださったもののお陰で何の不自由もなく困窮することもなく生きてくることが出来た

形の在るものもないものもすべてが残らずぼくという形をした時間の塊を組み立てるための欠片となって組み合わさり、それが過去になるたびに堆積して足元に積み重なり、今このときを支える基礎土台となってくれているのでぼくはここに立っていられる

だから

何とか、生きているうちに少しでも多く
一握りでも多く
一粒でも多く
一滴でも多く

この恩を返していくにはどう生きたらいいか

そんなことを、よく考える

0079

損だ得だと血眼になっていつも自分が一番可愛い
人の喜びは後回しまずは自分が喜んでから

そんな人々が跋扈しながら互いに噛みつき引き裂きあう世で
人の笑顔が大好きだと云いみんなの為に生きてきて
喜ばれながら生きているのに自分の笑顔が見つからない

誰かの悲しい声が聞こえては助けになろうと探して歩いて
それが自分の心の声だとこれっぽっちも思わなかった

少し休もうとぼくが云ってもにっこり笑って小さく手を振る
疲れきってて重々しくて顔で笑っても心は泣いてる

己を勘定に入れない人よ
あなたの笑顔がぼくはみたい

口角を上げてほしいんじゃない
目じりを下げてほしいんじゃない

泣いてほしい叫んでほしい疲れたもうヤダと暴れてほしい
そのあとで出る止めどない感覚に身を任せたときのあなたの顔を

己を勘定に入れない人よ
あなたは人の笑顔を望む
ぼくはあなたの笑顔を望む
ぼくの笑顔がほしいなら
あなたの笑顔を探しにいこう

己を勘定に入れない人よ
ぼくがあなたを勘定に入れよう

いつも後回しになったまま洗うことのなかったその手袋を
ちょうだい
今から洗うから

0078

IMG_0664熊本地震でお亡くなりになった方々のご冥福を、未だ余震の続く中で不安な避難生活を強いられている方々の一刻も早い安寧を、心からお祈りしています。

祈るばかりで何の力にもなれません、遠く離れていて何の手助けもできません。
せめて、ほんの一握りの気持ちでしかなくとも、届けようと思います。

何処に居ても、求める人の聲が、それに応えられる人のもとに届けられるよう、そしてそれが叶えられていくよう、祈っています。

「平成28年熊本地震」緊急募金。最大震度7を観測した大地震の被災者に支援を – Yahoo!ネット募金 http://docs.donation.yahoo.co.jp/report/kumamoto.html

熊本地震による災害へのマイル寄付を承ります/ANAマイレージクラブ
https://www.ana.co.jp/amc/news/info/201604/mileage-donation/

「平成28年熊本地震」被災者支援マイル/JALマイレージプログラム
https://www.jal.co.jp/jalmile/use/charity/kmjeq2016/

「ゆうちょ 義援金の手数料無料」
一連の地震を受けて、ゆうちょ銀行は日本赤十字社の義援金口座宛に無料で送金できる取り組みを始めました。
宛先の口座は「日赤平成28年熊本地震災害義援金」で口座番号は「00130-4-265072」です。
今年6月30日まで、ゆうちょ銀行の窓口から送金を行った場合、手数料が無料になります。
ATM=現金自動預け払い機での振り込みは有料となります。
http://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20160418/4630231.html

***

NHK各地域災害情報/NHK ONLINE
http://www5.nhk.or.jp/saigai/index_fd.html

0077

3/7から出張で台湾に来ている。

今日は午後遅くからの任務の為、午前は高雄の街を歩いてみた。
去年に同じような任務で訪れた時と比較すると、206地震の影響は、見られるどころか、日本を訪れ爆買いしていく大陸の観光客らしき人たちが多く見受けられるくらい、大きな暗い影響があるようには見えない。
平日のこの日中から観光客をたくさんみる。

元々の観光客数がどれほどのものなのかを知らないので何とも比較できないが、地震による観光を控えるムードというものは、この人の数を感じると、それほど感じない。

しかし、昨日まで滞在した台北や去年のここの様子と比較すると、日本人の数もそれほど感じない。ぱっとみでわかるのかと聞かれると怪しいが、感覚的にそんな気がする。

地震による大きな被害があったのは、手抜き工事があったビルや耐震強度が低い古い建物だけだったようで、台南のその辺り一帯が壊滅というわけではないらしい。

ライフラインも今はもう大きな問題はなくなっているらしく、恒久的な復旧の作業が始まっているということのようだ。
だとしても、倒れた建物のほとんどは住宅だそうで、住む家が失われた人が多くいることに変わりはないはずだ。

それらの人たちが今どうやって暮らしているのかは、今この時点では知る術がない。現地での報道もそれほど多くされていない。早くも風化の雰囲気を感じてしまう。

そんな中で驚かされるのは、一緒に仕事をしてくれている現地の商社さんの言葉だった。
自国の災害よりも日本の、友好国の大災害のあった日が近いこと、それを憂い一緒に悼んでくれていることだった。

他外国とは少し違う面はあったにしても、植民地として統治された時代もあった日本に対して、現在こうして共にいて同じ仕事をしている者同士が、今起こっている互いの国の苦難に対して目を背けることなく慈しむことができるのは、これまでの、僕らが知らない過去の時代の中においても、互いを思いやって様々に困難な道のりを共に歩んだ二国の友があったからだろう、そういう、名も残っていない人たちの行いの積み重ねによって出来上がった友好なのかもしれない、そんな風に僕は今、感じている。

昔、台湾の人と関わったかつての日本人の誰かはきっと、今の僕と同じようにあたたかい想いをもらって、この国のあたたかい人たちと一緒に何かを成してきたんだろうか。そうだったら、いいな。

東日本大震災もそう、忘れないようにする努力は、僕には必要ない。
忘れられるはずがない。

甚大な数の人がそこで見つけたもの、失ったもの、それを差し引きしたら、数の上ではマイナスになってしまうのが生きるということなのかもしれない。

しかし、数の差し引きだけで人の心は決まらない。

失くしたものと生まれたものは、その数よりも、ひとつひとつの大きさ濃さ強さ様々な固有の要素があって、それをふまえて勘定したら、そう、そうだ、そうなんだ。。

目を閉じて手を当てて想い直すと感じられる。

逃げられない天災が僕らを閉塞する星にいても、僕らは、手をつないで歩めば、心の中にどんなに広く大きなものも、創造していける。

無限は外にはない。

いや、外も内もない。

僕らはひとつだ。
有難う。

生まれてきてよかった。

ー 高雄 寒軒國際大飯店にて

台湾に関する補足参考
http://honyakusitem.blogspot.tw/2013/10/blog-post_10.html?m=1

0076

 祈ったって届かなけりゃ意味がないとか

叶わなかったらしかたないとか

こんなことしたって何も変わらないとか

ときどき考えたりする

こんなことに自分の時間をすべて使ってやる意味なんかあるのかって聞かれたら

こたえるよ

しらないよそんなこと、って

終わってみないとわからない、過ぎてみないとわからない
だから僕はいつも

1秒も無駄にしないように

だから僕は

祈る

意味なんかない

意味なんか、いらない

 

0075

莫迦だから、無くさないと気づけない

朝、起き上がれること
食事が出来ること
歩けること
見えること
聴こえること
寝られること
健康
友達
恋人
家族
独りじゃないこと
生きてること
笑えること
平和

莫迦だから、無くして初めてその存在の本当の大切さと非凡さに気づくんだ
心からそういってる人が世界にはこんなに沢山いるんだから
無くす前に気づかなきゃ

あの人がいうように世は一切皆苦なんだとして
想い出よりも未来よりも
今このときに在る、数えるほどもない刹那の幸せを噛み締めていかなくちゃ
気づく前に無くしてしまう

気づいて掴んで刻み込んで
今の刹那を積み重ねられれば
いつか来る、無くさなきゃならないそのときが来ても
無くすのはその姿形だけですむ

想えばいつでも
それはここにある

もう絶対に、無くしたりしない
莫迦だから
無くさないようにしよう

この手に握れる分だけのほんの少しの幸せを
無くす前に刻み込む

無くしてからじゃ、遅いんだ
無くしてからじゃ、、

0074

よくいう客観視ということ
木を見て森を見ず、などと

そう見る自分が現れたことに気づくと、またその先に気づくものがある

物事に相対している自分
俯瞰して客観視している自分

ここにある二面性
その二面を分かつもの

隔たりを齎している何か

混沌としたものの中に混在する様々なこと
それらがぶつかりあって起こる矛盾に打ち拉がれ納得できず苛まれてしまっても

矛盾するように見える互いの境界も
己を鞭打つ物事と己の間の隔たりも
それがなければ己はない
己があるからそれが在る

一方だけでは存在し得ないもの
互いに在ることで生まれるということ

ぶつかり合い
互いの存在を確認し合うことで
互いが無ければ己もその間に生まれる事象も存在し得ないことに気づく

気づいたときにだけ観える音がある

特別などない
唯一などない
普通などない
同等などない

無い、も、ない

在るし、ない

ぼくも
あなたも
たくさんの何かと何も変わらない

隔てているものなど
はじめから、ない

 

あなただけに観える音が
ぼくにも観えているから

0073

あなたがここにいる
そう感じることが出来る僕がここにいる

だからこそ

僕はここに在れる
そう、感じられる喜びを知ったとき
どれほど嬉しかったことか
どれほど強く居られたことか

もっと深く噛み締めなくては
二度とないこの時を刻みつけておかなくては

この世という魂のいとまは、直ぐに終わってしまうから
くだらないすべてのことに
かまけている時間はない

あなたが在るから
僕は在れる
それを深く刻む

そして、あなたにとって
僕も
そうで在りたい