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言葉

0091

立松和平さんの著書『鳩摩羅什 法華経の来た道』を読みました。 その中に、三草二木の譬え(たとえ)というお話が出てきます。 釈尊が弟子たちにした色々なたとえ話の一つだそうです。 *** 山には大きな木や小さな花など様々な草木が生きている。そこに降る雨は彼らにあまねく平等に降り注いでいるが、彼らはその大…

0090

僕は弱い。 十代、二十代のころは、世の中に対して自分ができることがまだまだたくさんあって、地道にやり続けていればどんなことも自分なら可能だという無根拠な自信を持っていて、無根拠なのにそれを信じられる無謀さもあって、そしてとても強がっていた。 様々な挑戦の中で受けた失敗という経験は、懸命に真面目に取り…

0089

言葉は謂わば「はっきりと一般化したもの」なので、言葉にした途端にそれの持つ真理よりもかなり限定されたものになってしまう。 言葉が相手に伝達された時点で、それを聴いた者自身がそれまでの経験の中で培った経験による意味になってしまうので、本来こちらが想い感じている意味がそのまま伝わることは稀に近い。 触れ…

0088

腹に泥が溜まってるのが人だと思った。 つまり、人は水底に泥を溜めた池。 心のざわつきは水底の泥を捲き上げ池の水を濁らせ泥水にする。 そうなるまいと綺麗にするため泥を池から掻き出したところでまた溜まってくるから、潔癖に掻き出し続けても終わりがなくて気が狂ってくるだけ。 何も綺麗にならないどころか、腹の…

0087

色々な道具を持っていて使っている。 僕の佛彫りは生業ではなくつまりプロではないから、色々使っていると云っても一流のものなどは何も持っていない。 時々、プロの方々が使っているものに憧れるし一般では使わないような便利で高価な道具を使っているのを知ると羨む。 先立つものもないし業余なのであまりふんだんに費…

0086

今日、今、その瞬間は、その一度しかない。 特別だろうがなかろうが、一度しかない。 ありふれたこの言葉のその本当の意味を、僕は理解していなかった。 もしあのとき打ち所が悪かったら、僕の家族は僕のいない人生を歩むことになっていたかもしれない。 明日、家族の誰かが事件に巻き込まれてしまったら、僕は家族の誰…

0085

今日から運慶展なんですね。だからこのところ運慶運慶とあちこちで云ってたわけですね。 佛像の展覧会で感じるのは、佛像が『展示』されてるってこと。 当たり前じゃんと仰るでしょう。そうですね、読んで字の如しです。そのままの意味です。 そう、『奉られてる』んじゃないですよね。 そうです当たり前ですよね、お堂…

0083

人の子は大きくなるのが早いというが、己の子も同じようなものだ。 この前生まれてついこの前あたりまでミニバスだの部活だのとやっていたと思ったら、もう高校を卒業して来年には成人式だという。なんということか。己が歳を取るわけだ。 己の時もそうだった。 高校を卒業するのだといっても将来が決まっているわけでも…

0082

生きている時間がかさんでくると感じることがある。 得たモノと失ったモノとを差し引きすると、どうしたってマイナスになる。 生きれば生きるほど。 物理的物質的なものはそれでいい。 禅的にいうならその方が人間らしくもあるかもしれない。 でも精神的には、失くしたモノが増えていくのはやっぱりさみしい。 でも、…

0081

心の中に、物質に依らない幸せの器を彫るんだ     ―こころやすらかに暮らし生きるために―